「服は生地からできている」
デザイナー木村の服作りの信念をもとに掲げられている mù_(ムー)のコンセプトである。
言葉だけを見ると、「良い生地」を使った服と解釈できる。
しかし、mù_で定義する「良い生地」というのは、単純に上質な生地ということではなく、木村が見て触ったときに自分の作りたい洋服がイメージできる生地を指すのである。
その「良い生地」を最大限活かすためのシルエットやディテールにこだわることで、シンプルでありながらも「大人が着られる上品なオーバーサイズ」を表現していくのがブランドの基本的な考え方である。
ただ一方で、木村は生地に様々な加工を施すことも得意とし、その独特のアイデアと知見によって、生地を化けさせながらユニークな洋服を数多く手がけてきた。
mù_lab.(ムーラボ)は、そんな木村のユニークなアイデアを、シンプルなmù_の世界観の中に馴染ませるための実験であり、あえて少しの違和感を付け足すことで、ブランドに奥行きや深みを与えるものなのである。
-mù_lab.とは?
木村:mù_というブランドはシンプルでありながら、素材とその素材を活かすという「モノづくり」にこだわることで、シルエットや着心地に重きを置いています。
ただ、自分のこれまでの経験で言えば、シンプルな洋服だけを作ってきたわけではありません。
生地に加工を施すことで、面白いアイテムもたくさん作ってきましたし、 アイデアも含めて生地を化けさせるということも得意としています。
それを mù_の世界観を崩すことなく表現できないかという、言わば少し実験的な試みという意味で、mù_lab.としました。
-生地を化けさせるというのは?
木村: 例えばものすごく上質な生地にあえてダメージを入れたり、特徴のない生地に加工を施したりすることで、もともとの雰囲気とは全く異なる表情に生地を化けさせるということです。
そして、その加工を加えることでより面白いというか、ユニークなアイテムになります。
-これまでのmù_のアイテムに使用した生地も少なからず加工は入れていたと思うが?
木村:これまでのアイテムに関しては、まず「大人が着られる上品なオーバーサイズ」という考え方のもと、生地の風合いを良くしたり、ドレープ性をさらに高めたりといった、着心地やシルエットを追求するために、生地そのものの良さを活かす加工になります。
これは今後のmù_のアイテムに対しても考え方は変わりません。
それに対して mù_lab.で行うのは、ただ生地の良さを活かすのではなく、先ほど言った通り生地を化けさせるという考え方なので、まったくアプローチが異なります。
mù_のアイテムは縫製が完了すれば完成ですが、mù_lab.はそこから更に手を加えるので工程も増えます。
-それは今までのmù_とはまったく違うものになるのでは?
木村:ゴリゴリの加工をすれば面白いものができる反面、mù_の世界観と乖離してしまいます。
それでもあえてこういった実験的なアイテムを作るのは、やはり自分のバックボーンというか、自分を形成する要素として古着というのは欠かせないものであって、 その要素をこのブランドの中に馴染ませることで、もうひとつブランドとしての個性を表現できると考えています。
自分と同じように古着が好きな人が見たときに面白さを感じてもらえると思いますし、これまでmù_を買っていただいたお客様は基本的にはシンプルな雰囲気が好きだと思いますが、そういった方でも取り入れられる遊び心といいますか。
素材が持っている本来の味を徹底的に追求した料理が並んでいるテーブルに、素材に手を加えて調理した料理が1品入っていて、でもそれがちゃんとコース料理として成立しているというイメージですかね。
なので、あくまでもmù_というブランドの世界観に馴染ませるアイテムになっています。
-mù_とmù_lab.では生地の選び方も同じなのか?
木村:違います。
mù_では生地屋さんで生地を見て触ったときに、mù_の世界観の中でこんなアイテムが作れそうだな、作りたいなというイメージが湧くものを使っています。
mù_lab.ではまず自分の頭の中にアイデアがあり、それを実現するための生地を探します。
なので、生地が見つからなければアイデアのまま終わってしまうこともあります。
自分の中ではいい生地というのは、作りたい洋服をイメージできる生地と、化けさせることで自分のアイデアを具現化できる生地の2種類あると考えています。
-加工へのこだわりは?
木村:若いころ最初に加工屋さんに行ったときは、サンプルとして私物の古着などを持っていったり、写真などである程度イメージを伝えたりして、あとは職人さんにお任せでした。
でもそれだと自分の思い描いたイメージ通りに仕上がらないことがある。
そういう時に「もう少しこういうことがやりたい」と修正を依頼しようとしても、無理と言われると、自分が何もわかってないのでそこで終わってしまう。
それが悔しいというか、逆に面白いなと思って。
早くこの人たちと同じレベルで話ができるようになりたいと思って、毎年のように通って勉強しました。
その甲斐もあって今ではいろいろなアイデアが生まれるようになって、職人さんたちも自分のアイデアを面白がってトライしてくれるような関係を築けています。
世の中で売れているものに合わせて加工にも流行りみたいなものがあるのですが、僕はこの生地にこの加工をしたら、こういう面白いことになるんじゃないかっていう発想で、今までなかったものを作りたいというか。
トライしてみて自分でも驚きたいし、職人さんも驚かせたいんですよね。
今までやった事のないことや、過去に流行ったけど今はやっていないようなことを、どうしたら現代的にできるかといったことを職人さんと相談しながらチャレンジしてます。
-どんなアイデアを出すのか?
木村:デニムをハンマーで叩いて光沢を出せないかとか、車の排気ガスを使って生地を色落ちさせられないかとか、もう使われていない井戸水にTシャツを漬け込んでみたりもしましたね。
あとはフランケンシュタインみたいなリメイクをしたいから、デニムのリベットをネジにしてみたこともあります。
ほかにも色々と突拍子もないことをたくさん試してみました。
アイデアを思い付いたらホームセンターに行って、ちょっと自分で加工してみて、それを持って「こんな感じで」って加工屋さんに行くっていう。
-職人さんに嫌がられないのか?
木村:職人さん泣かせだとは言われたことがあります(笑)。
ただ一方で職人さんも、この生地にこの加工をするとこうなるというのが分かっている中で仕事をしていると、時として作業的な感覚になることがあると。
でも僕がそうやって現場に行って少し変化球的なアイデアを相談すると、一気にモノを創作するというマインドに切り替わることができて刺激になるとおっしゃってくれたことがあります。
もちろん長年の信頼関係があるというのが大前提で、mù_で協力してもらっているのは、皆さんもう10年以上の付き合いのある職人さんばかりです。
-職人さんに依頼するときに気をつけてることはあるか?
木村:仲の良い職人さんとの打ち合わせは「昔こんなのあったよね」とか、「こんなのがあったら面白いよね」っていう男子中学生みたいな会話ばかりなので、遊びの延長みたいな感じです。
ただ僕は職人ではないので、自分のイメージを伝えるときには80%しか話さないようにしています。
残りの20%はその職人さんのアイデアや経験値を入れてほしいんです。
そうすることで、僕自身が想像していたよりも面白いものや、考えもつかなかったものができることがある。
でもそれはすごく難しくて、たとえ面白くても自分の作りたいものからかけ離れてしまったら意味がない。
そういう意味でも僕が長い間お世話になっていて、僕のことを理解してくれている職人さんのセンスや技術、経験が必要で、加工の職人さんだけでなく、mù_にご協力していただいている職人さんはみんなそうですね。
そこは全幅の信頼があります。
-だからこそmù_は生地も縫製も加工も日本製にこだわるのか?
木村:そうです。
技術的なことだけなら、海外にも腕の良い職人さんはたくさんかいるかもしれません。
実際に海外の工場もたくさん使ってきました。
でも僕の頭の中のアイデアを具現化していくなかで、どうしても細かいニュアンスの話が伝わらないと納得いくものが作れないんです。
だからこそ自分のアイデアを面白がってくれて、共感できるセンスを持っている日本の職人さんでないと難しいんですよね。
あとは例えば、デニムを作るってなったときに、岡山の職人さんは生地屋さんも縫製工場さんもそのあとの加工を想定しながら作ってくれるんです。
これは長年デニムを触ってこられたプロの方々ならではですし、そういう職人さんたちと長い間仕事をさせてもらったことで、それぞれの職人さんが分業でありながらも、僕の存在を認識したうえで、僕が作りたいものを同じイメージで作ってくれるという関係性を築けたことがとても大きいです。
そういった意味では、国内生産にこだわっているというより、僕が信頼している職人さんたちと一緒に作ることにこだわっています。
-mù_lab.は実験的という話があったが、実験というのは加工に限った話なのか?
木村:いえ、加工に限ったものではありません。
テクニック的なことや、面白いギミックなど、自分の中に浮かんだアイデアを試していきたいなと思っています。
世の中の流行とかは関係なく、ありそうでないものや、一見無駄なようで、ちょっとだけ便利みたいな機能を遊びの中で生み出していきたいなと。
万人受けでなく、それを面白いと思ってもらえる人に共感してもらえればという試みですね。
-mù_lab.第一弾のCLOWN PANTSについて
木村:今回は生地の加工ですね。
ヒョウ柄の生地を柄がほとんど見えなくなるまで染めています。
僕はヒョウ柄が大好きなのですが、単純にヒョウ柄のアイテムを作ったら mù_ の世界観から浮いてしまう。
どうしたらヒョウ柄をmù_の中に落とし込めるかを考えました。
最初にヒョウ柄を染めてほしいと染工場さんに伝えて上がってきたものは、まだしっかりとヒョウ柄が見えるものでした。
染工場さんの常識からしたらあくまでもヒョウ柄を活かしつつということだったと思うのですが、僕はもうパッと見は無地に見えるくらいにしたかった。
染工場さんにはギリギリまで染めてほしいと伝えましたが、「これ以上は柄が見えなくなりますよ」と言われました。
染工場さんからしたら、当たり前ですがあくまでもヒョウ柄が見えるギリギリという理解なんです。
僕のイメージは柄が見えないギリギリまで染めてほしい、でも全く見えないのは困りますと(笑)。
そしたら2回目はほとんど見えなくなったのですが、今度は黒が強くなりすぎてしまい、もう少し赤みが欲しかったのでもう一度やり直してもらいました。
-職人さん泣かせですね
木村:たぶん楽しんでくれていたと思います(笑)。
-生地自体に特徴はある?
木村:ベースの素材はバックサテンなので、横走りするスラブっぽいムラが入るのが特徴です。
ちょっと古着のイメージですね。
-光の加減で見え方が変化する
木村:光もそうですが、例えば上に黒いアイテムを持ってくれば柄が浮き出てくるように見えますし、明るい色を持ってくれば無地に見えたりもします。
なので、コーディネートで見え方に変化を付けられるパンツになっていると思います。
-この生地に対して、CLOWN PANTSという形を選んだのは?
木村:最初に出した CLOWN PANTS の生地は少し薄めだったので、今回は少しハリのある生地でこの太いシルエットを強調させたかったんです。
考えてみれば当たり前なのですが、同じ形でも生地が変われば見え方は変わります。
でも意外とそのことが見落とされがちなので、そういった部分も楽しんでほしいですね。
実験といっても加工自体はそこまで特別なことをやっているわけではありません。
では何が実験的かというと、アイデアのところです。
今回でいえばあえて柄を見えなくするという、意味が分からないというか、無駄に見えるようなことをしています。
でもそれによりあまり見たことがないような面白いパンツになったと思います。
僕は無駄を楽しむということを大事にしているのですが、mù_の世界観のなかで、自分のそういった個性をmù_lab.で表現していきたいなと考えています。
CLOWN PANTS LEOPARD / mù_lab.#001
colour:GRAYISH BROWN
size:M/L
price:¥33,000
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CLOWN PANTS LEOPARD / mù_lab.#001