幼い頃から、木村は自然と絵を描いていた。
特別に習ったわけでも、意識していたわけでもない。ただ、好きだから描いていた。
それが木村の創作の原点だ。
子供の視点だっからこそ描けた絵は、今でも実家に飾ってある。同じものはもう二度と描けない。
だが今は、これまで触れてきた様々なものによって形作られた自分の感覚から、生み出される表現がある。
自分が好きな時に、好きなものを描く。だからそれは、その時の木村にしか描けないものになる。
もともとギャラリースペースだった店舗の壁に飾られる絵は、すべて黒いペン一本で描かれている。
そのモノトーンの佇まいには、見る人の感性によって受け止め方が変わるような余白がある。
その余白こそが木村自身がアートを楽しむ感覚であり、mù_の洋服が持つ自由さと、自然と重なっていく。
-アート作品の発売に至った経緯を教えてください。
木村:今の店舗は、以前ギャラリーとして使われていた物件なんです。その場所の歴史を活かしたくて、もともと壁にあった穴や額縁を飾るための線もあえてそのまま残して使っています。
最初はデザイン画や落書き、コピー用紙に描いたイラストを飾っていただけで。
でも、それを見た海外のお客様や若いカップルから「描いた人に会いたい」「この絵を譲ってほしい」という声をいただいて。
服以外のクリエイティブにも興味を持ってくださる方がいるなら、ちゃんと描いたものを届けたいと思い、本格的に描き始めたのがきっかけです。
-昔から絵を描くが好きだったんですか?
木村:幼稚園の頃から大好きでした。小学校の時に大阪府知事賞をもらったことがあって。
美術の専門的な勉強はしていないんですが、独学だからこそセオリーに縛られず、自由に描けるという面があると思っています。
絵を描くことが自分の創作の原点で、もし絵が好きでなければ今の仕事もしていなかったかもしれないですね。

-手で描くことにこだわっている理由は?
木村:デザインも手書きから始めるんですけど、手で描くという作業は自分の創作においてすごく重要で。
デジタルだと脳で想像したものがツールを介して綺麗に処理されすぎてしまって、微妙なニュアンスが薄れてしまう気がするんです。手書きのほうが、脳から手への伝達がダイレクトな気がしていて。
例えば、服のデザインで柔らかさや質感を出したいとき、線の引き方ひとつに込める思いが、手書きのほうがそのまま出てくる感じがします。
-影響を受けたアーティストはいますか?
木村:ジェイミー・リードがすごく好きで、シリアルナンバー入りの作品を持ってるくらい。
セックス・ピストルズのアートワークで知られている人ですけど、1970年代のパンクスピリットにある、世の中に対する皮肉やジョーク、既成概念を崩すような表現にずっと共感していて。
単に綺麗で正しいものよりも、どこかひねりがあったり、一見グロテスクなものをかっこよく見せたりする世界観が好きなんです。
そういうものに触れてきたことが、今の自分の感覚を作っているひとつだと思います。
-作品作りで意識していることはありますか?
木村:展示では、一人の人間が描いたように見えないことを意識しています。リアルなタッチもあればアニメ調もあって、まるで多重人格者がそれぞれ描いた集合展のような多様性を出したいと思っていて。
ただ、全部その時の自分の頭の中から出てきたものなので、集めてみると案外ひとつに繋がっていたりします。
描きたいものを描くというのが一番の基本で、打算的なものが入ると自分が伝えたいものとは違うものができてしまう。
自分のスニーカーに落書きするような感覚と基本的には同じです。
-白黒のペンにこだわっている理由は?
木村:見ている人に自由に想像してほしいから、というのが一番の理由です。
服作りにおける余白を残すという考えと同じで、色をつけてしまうとみる人の想像がそこに誘導されてしまう。
モノクロにすることで、見る人それぞれが自分の好きな色を想像して、パーソナルな感覚で受け取ってくれたらいいなと。
自分がアートを見るときも、説明を読む前にまず自分で想像して、その後に背景を調べて答え合わせをするような見方をしているので、自分が作る絵もそうあってほしいという感じですね。

-洋服を作ることとの違いは何ですか?
木村:服作りには人間の体の構造が決まっている以上、それに合わせた着心地という、ある意味制約がありますが、アートにはそれがない。
バナナに目がついていても誰も不便に感じない、完全な自由がある。
打算的な気持ちで描くのではなく、自分が楽しんで、頭の中にある変なことやおかしなことを表現したものを共有したい。
アートを通じて、こういう人間が服を作っているんだというのが伝わったら嬉しいですね。